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  2005年08月  

Google ウェブディレクトリに登録
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少し前、Google のウェブディレクトリに登録を申請した。
カテゴリーは「オルタナティブ科学/超常現象」だ。

で、結果、登録して頂けて大変感謝している。
本当に本当に感謝している。本当に有り難いと思っている。

でもね。
サイトの紹介文読んで・・・ブッ。・・・わろた。


「オーパーツ、異様な殺人事件、オカルト教団、宦官の紹介。タイタニック号沈没等の歴史的事件の異説。」


どんなサイトやねん?(笑)

こんなサイトです。→ 『気になる資料室』

きっと悩んで考えてくれたんだろうなぁ〜。
すみません。変なサイトで。

いや、本当に感謝してるんですよ。

でも・・・
もう一個突っ込んでいいですか?


どこが「超常現象」やねん?


アカン、面白すぎる。

でも、いつもの決まりきったやつより味があるかもな〜って思ってます。

Googleの人よ、とても個性的で「謎めいた」紹介文をありがとう!
[2005/08/09 08:07] | 気ままな日誌 | トラックバック(0) | コメント(3)
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超常現象 「信じられるか疑ってみる派」
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UFOや超常現象について語る時、
「信じる」とか「信じない」とかいう表現になりがちですが、大抵の場合は、
その考えが「好き」か「嫌い」か、つまり「自分の意に染むか否か」を論じていることが多いように思います。

細かいようですが、
「信じているかどうか」ではなく、
「信じたいかどうか」の話をしているのだと思います。

もちろん、中には
「自分は体験したから信じている。スキかキライかの問題じゃない」という人もいると思います。

誤解があるといけないのですが、基本的に、人は誰でも自分の信じたいものを信じていますし、私はそれでいいと思っています。個人の趣味の問題です。
これは、あくまで「私の趣味の話」と受け取って下さい。

で、「体験したから信じる」についてですが、それについても、私は、結局は「自分が信じたいものを信じる」という枠から出た意見だとは思いません。

実は、私も「らしきもの」なら、何度も体験しています。

真夜中、寂しい道を歩いていた時、すごい形相で白い着物の前をはだけて、異常な速さで「すべるように」目の前を走り過ぎていった、長い髪を振り乱した女の人。

真夏なのに、三つ揃いのスーツ姿に山高帽をかぶり、ステッキを持って、夜中の山道にポツンと立っていた「紳士風」のおじいさん。
標識もない山道で迷っていた私は、そのおじいさんに道をたずねようと思い、おじいさんの目の前に車を止めて窓を開けました。
その時になってようやく気付いたのですが、よく見ると、そのおじいさんは頭から靴の先までずぶ濡れでした。
「・・・!」私は一瞬、氷つきましたが、一応、道をたずねてみました。
でも、おじいさんはニコニコしたまま何も答えませんでした。気味悪くなって発進して、バックミラーで見ると、そこにはもう誰もいませんでした。


上記の2つは、どちらも友人と一緒の時に見ました。証人がいるケースです。だから尚更、「2人とも見たのだから、見間違いようがない」と思いました。

UFO「らしきもの」も見たことがあります。
ここでいうUFOとは、「未確認飛行物体」という意味ではなくて、自分の中で「宇宙人の乗り物として捉えているもの」という意味です。よくよく考えれば光の反射か何かだと思いますが、私はそれを、「宇宙人の乗り物」のように思い込んで見ていました。

金縛り、心霊写真、虫の知らせ、妙に当たる予感、テープに何度も何度も入っていた「男のひとのうめき声」(このテープを聞いた友達は、恐怖とショックで泣き出してしまいました)等々、とにかく自分の色々な体験「らしきもの」から「体験したから信じる」と思っていた時期は、私にもあります。

でも、ある時を境に、自分の体験したものについて考えるようになりました。
私は、ひょっとして、これまでに見聞きしてきた「情報」によって、UFOだと思ったり、霊だと思ったりしていたんじゃないのか?と思い始めたんです。

心の片隅に「そう思いたいと思っていたんだろう?」という「冷静で客観的な気持ち」が芽生えました。
そして、まったくその通りだと思いました。

よく考えてみたら、私の「目」や「知識」ほど当てにならないものはないのでした。「注意が散漫」と、いつも親から叱られていたし、生まれつき単純で、短絡的思考の持ち主だった私は、「見たから信じる」と言えるほど、自分を信用してはいけないタイプの人間でした。

自分が見たものをこそ疑うべきだったのです。

私が見た幽霊のようなもの、あれは冷静に考えてみると、
「狂人」「痴呆症の徘徊老人」だったのだと思います。ずぶぬれだったのは、多分、どこかの川でハマったのか、水遊びをしたかでしょう。バックミラーで見た時にいなかったのは、背後にあった雑木林に紛れていて、暗くて見えなかっただけでしょう。

その内、私は「信じる」・「信じない」ではないと思うようになりました。
それらは、正確にはこう分かれるのだと思います。

「信じたいものを信じる派」=「妄信派」
「頭から信じない派」=「否定派」
「信じられるかどうかを疑ってみる派」=「懐疑派」

このように不思議現象を考える時には、3つのタイプがあると思います。

私は3番目の「懐疑派」のタイプですが、
実は、3番目の「懐疑派」というのは、一番楽しいのです。
(※私は自分が楽しくないことには一切行動を起こさない快楽追求主義者です)

それに「心霊現象」や「UFO」や「宇宙人」や「先祖のたたり」で何でも片付けてしまうのは、何でも「神様のおかげ」というのに似ている気がして、要するに「意に染まない」んですね。

先祖に感謝する気持ちとか、そういう「おかげ」のことではありません。
そういう気持ちと「神頼み」は、また別の話です。

私が言ってる「神様のおかげ」というのは、たとえば、『なにかの宗教に入っている「おかげで」健康なんだ』とか、たとえ事故にあっても、『その宗教に入っていた「おかげで」この程度の事故で済んだのだ』とか、そういった部類の思考停止のことを指しています。
そういう考え方は、徹底的に「意に染まない」。(笑)

それに、たとえば、私も子供の頃からUFOや宇宙人の話を見聞きして育ちましたが、ぶっちゃけ何十年も「話に進展がない」。宇宙人にさらわれた人の証言や目撃証言は、毎年いくらでも出てくるのに、宇宙人の側の「技術」には、まったく「発展」がみられない。

・・・「頼む、完全に記憶消す技術考えろ」
・・・「人体実験ごとき、何十年かかっとるの」
・・・「キャトル・ミューティレーション用の牧場作れ」
・・・「政府の陰謀って、コンタクティーは見逃すの?」

否定とまでいかなくても、普通、ちょっとは疑いますよ?

というわけで、「同感」と思ったあなた。
あなたは、十分「懐疑派」です。

探れば探るほど面白いです。
懐疑しまくってみて下さい。
それと、懐疑論に詳しい人と知り合いになるのも楽しいです。
中途半端なマニアよりも何倍も詳しく知ってるので、話に幅があります。
深く知ってみたいと思うなら、「一度は疑ってみる」ことをお薦めします。
[2005/08/09 07:42] | 不思議現象全般について | トラックバック(0) | コメント(1)
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